OITA WEEKLY

例会 毎週火曜日12:30 トキハ会館4F
会長 仲摩和雄 / 幹事 栗山嘉文
点鐘 12:30
国歌 君が代
ロータリーソング 奉仕の理想
ゲスト・ビジター紹介 仲摩会長
会長の時間 仲摩会長
出席及び幹事報告 栗山幹事
委員会報告
ニコボックス 安德S.A.A.
今週のお祝い
【出席100%】髙山 龍五郎会員 37年
岩尾 久一会員 33年
橋本 均会員 28年
【結婚記念日】山下 真弘会員 2月11日
【会員誕生日】榎 徹会員 2月 4日
卓話
「ジェイリースびっくり回想録」
ジェイリース㈱
代表取締役会長 中島 拓氏
| 会員総数(免除会員) | 51名(2名) |
| 出席総数(免除会員) | 37名(0名) |
| 出席率 | 75.51% |
| ゲスト | 0名 |
| ビジター | 1名 |
| 1月7日修正出席率 | 94.00% |
令和8年2月14日 地区チーム・ラーニングセミナー
13:00~17:00 人吉カルチャーパレス
地区ポリオプラス・Rカード推進委員会 森若委員長
令和8年3月7日(土)~8日(日) 会長エレクトラーニングセミナー
7日13:00点鐘 8日12:00閉会
佐藤信会長エレクト
令和8年3月21日(土)ローターアクト2025-2026年度国際交流会
13:00~16:00 くまもと県民交流館パレア
令和8年4月11日(土) 第18回全国RYLA研究会 大分会議
13:00~18:00 本会議 ホルトホール大分
19:00~20:30 懇親会 レンブラントホテル大分
青少年奉仕委員会 須藤委員長
令和8年4月25日(土)日田中央RC創立50周年記念式典
記念式典16:00~
祝賀会 17:30~ マリエールオークパイン日田
令和8年5月22日(金)~23日(土) 地区大会
22日 8:00~地区大会記念親睦ゴルフ大会
トライアルゴルフ&リゾートOITA COURSE
23日10:00~16:30 本会議 ホルトホール大分
19:00~ 希望交流会 うみたまご
| 開催日 | 内容 |
| 2月10日(火) | 定款第7条第1節に基づく休会 |
| 2月17日(火) | 上野会員卓話 |
| 2月24日(火) | 定款第7条第1節に基づく休会 |
| 3月3日(火) | 職場例会(うみたまご) |
| 3月10日(火) | 夜間例会 ホテル日航大分オアシスホテル21階エトワール 榎会員卓話 |
| 3月17日(火) | 定例第7条第1節に基づく休会 |
| 3月24日(火) | 鈴木(教)会員卓話 |
| 3月31日(火) | 定例第7条第1節に基づく休会 |
| 4月7日(火) | 通常例会 |
| 4月14日(火) | 新会員歓迎夜の例会18:30点鐘(出席8,000円 欠席4,000円) (ホテル日航大分オアシスタワー3階 紅梅の間) |
| 4月21日(火) | 新年度クラブ協議会(新年度委員会ごとに次年度活動話し合い) |
| 4月28日(火) | 定款第7条第1節に基づく休会 |
| 5月5日(火) | 定款第7条第1節に基づく休会 |
| 5月12日(火) | 夜間例会18:30点鐘(ホテル日航大分オアシスタワー21階 エトワール) |
| 5月19日(火) | 新旧クラブ協議会(トキハ会館5階ローズの間 半室)(現年度委員長より活動まとめ発表) |
| 5月26日(火) | 新年度クラブ協議会(新年度委員会ごとに次年度活動話し合い) |
| クラブ名 | 開催日 | 会場 |
| 大分城西 | 2/18(水) | ホテル日航大分オアシスホテル |
| 別府東 | 2/19(木) | ホテルサンバリーアネックス |
| 別府東 | 2/26(火) | ホテル日航大分オアシスホテル |
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先週の議事録
皆さんこんにちは、本日は私の職業としての建築がどのようにスタートしたかをお話しさせていただきます。
1981年(昭和56年)私は早稲田の建築を卒業し、その年の4月に縁あって東京の株式会社伊藤喜三郎建築研究所に入社しました。
今振り返りますとこの会社で建築設計の実務を修行させていただいたことが私の人生の方向性を決めることになったのだと思います。
当時、私の遠い縁戚で建設省大臣官房営繕部長の挟間勇という方がいらして、私が早稲田の建築に通っていることを聞きつけてご自身に男のお子さんがいないせいもあってか私のことを大層かわいがってくださいました。挟間さんは大分中学から五高、東大の建築へと進まれた秀才で戦後建設省が発足するときの最初のメンバーでした。以来戦後の復興に建築技官としてキャリアを重ねられた生粋の建築家でした。
挟間さんはご自身の経験の中から、大分県庁舎の設計と工事監理や赤坂離宮迎賓館の建設に深く関与された話等を私にしてくれました。
その挟間さんの陰ながらの推挙もあり、私の父が会長を務めていた建築士事務協会を通じて伊藤喜三郎先生と面識があったということからも、私は伊藤喜三郎先生のもとで修業させていただけるようになったのだと思います。
伊藤喜三郎先生は戦後の日本における病院設計という分野を切り拓いたパイオニアでした。
私が入社当時、伊藤喜三郎建築研究所は東京虎の門病院を皮切りに日赤医療センター、国立リハビリテーションセンター、皇室にゆかりのある愛育病院、ポートアイランドシティに建つ神戸市立中央市民病院、日本大学病院、埼玉医科大病院、産業医科大病院、慶應義塾病院等々日本中の名だたる病院設計を手掛けていました。
伊藤喜三郎建築研究所のシンボルロゴはΣでした。このΣには伊藤喜三郎先生の建築に対する理念「建築とは技術と精神の総和である」という思いが込められ、我々所員も常にその思いを共有して仕事に取り組むという気風がありました。
また、伊藤喜三郎先生は建築家であると同時に、もう一つの顔、伊藤三喜庵という名を持つプロの画家でした。伊藤喜三郎先生は銀座宝町の生まれで若いころ鉄工の仕事をする裕福な家庭に育ち、パリに留学して洋画家になることを目指していましたが、家の事業が傾き途中から建築に進路を切り替え、日大の建築に学び、その後東大の営繕に勤務し、大成建設の設計部長を経て設計事務所を立ち上げた経歴の持ち主です。建築家として仕事をするうちに今度は東洋美術の世界で画業を再開し、日本自由画壇理事長を務めるまでの存在になられました。高輪台にあった自宅の2階にアトリエを構え帰宅後は制作に励むというルーティーンを貫かれていました。
伊藤喜三郎先生は飲酒されませんでした。それでも築地や赤坂の料亭で僕はしらふで唄でも踊りでも芸をやれるよという洒脱な方でした。交友関係も豊かで私の記憶する範囲では日大建築のボス的な存在だった近江栄先生が頻繁に事務所を訪れたり、モダニズムの先駆けとして著名な建築家土浦亀喜氏がご高齢にもかかわらず赤いオープンカーで事務所を訪れたり、巨人の長嶋茂雄氏が1期目の監督をやめてフリーだった時に伊藤喜三郎先生のお友達として事務所に遊びに来られて所員全員が大喜びで歓迎したこともありました。
私は入社初日に即、設計チームに配属され敷地図のトレースを指示されいきなり製図を始めました。帰社時間になって私は早稲田の先輩である担当専務、設計部長以下チームの先輩達を誘って「本日は私の新入歓迎会を準備しているので皆さん飲みに行きましょう」と言って、伊藤喜三郎建築研究所が入居していた紀尾井町の文芸春秋社ビルから四谷3丁目の小料理屋まで一個連隊引き連れて行きました。
みんな目を丸くして「お前みたいな新入社員は初めてだ」などと言いながらも喜んで飲んでくれました。実はこの店は前述の挟間さんの紹介で私の父も親しくした店で息子が来たら勘定は大分に回すように言ってくれていた店でした。
お父さん本当にありがとうございました。
次回は私の取り組んだプロジェクトについてお話します。
1. 第2回トーキングサロンについて
グループ分け一覧を配布していますので各グループ
リーダーを中心に日程調整をお願いします。
2.抜萃のつゞりについて
株式会社クマヒラ・ホールディングス様から
「抜萃のつゞり その八十五」が届きましたので配布しています。
トーキングサロン報告
〇第8グループ
リーダー:本田勝也会員
〇第4グループ
リーダー:上野里美会員
日時:1月29日(木曜日)18時30分から21時
メンバー:栗山会員、杉原会員、森若会員、谷会員、上野 の5名
場所:吉心 杉原会員おすすめ
内容:当日は、ざっくばらんに皆さんのお話を聞くことができて、とても楽しい時間となりました。
まずは、乾杯終了後、私がこの懇親会の記録を携帯で録音と同時に文字起こしをAIでやってみようと携帯をいじっていたところから、AIの有効活用や効率化、そして人にしかできない仕事についての話題になりました。
そして、大分の食は豊かでおいしいという話から大分と下関のふくの違いで肝が食べれる、食べれないという違いや、下関の薄造りは2,3日おいておかないと食べれないが大分の大きな身は即日食べれるという話。
別大マラソンがもうすぐ開催され、黒田朝日君が来るから盛り上がりそう、という話題。そして、各参加会員のふるさとや若い頃の話になりました。
その中でも一番面白かったのは、杉原会長がとても女性にモテたので、お母様が杉原会長の恋愛の邪魔をした話。結婚する時はお見合いので4回めで今のおくさんに決まったそうですが、1回目のお見合いの相手は、めちゃくちゃ美人だったけど断られたとか、、
その他には、会社の風紀の話で、谷会員は、若い頃肌を露出する服装で上司から注意されたが、今は注意する側になりまじめになった、とか谷さんはギターの弾き語りができるとか、働き方改革で昔とくらべて働き方が随分変わったなどの話題でした。
本当に雑談であっという間に時間が過ぎて、栗山会員の最終ソニックの時間になり、すごい勢いでお開きになり、ました。
このような機会をいただき、皆さんとおいしい料理を食べながら、懇親を深めることができて 、更に大分に親しみが深まりました。
これからも皆さんと仲良くさせていただきながら、大分に貢献できるよう、頑張っていきたいと思います。ありがとうございました。
榎徹会員に仲摩会長から誕生日記念品が贈呈され、ご本人からコメントをいただきました。
「ジェイリースびっくり回想録」
ジェイリース㈱ 代表取締役会長 中島 拓氏